遥かなる時の行方  

可能性を信じて

  岩満 志朗

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みなさん こんにちは

今日は ぽっしびりってぃ についてお話してみたいと思います ” possibility ” とは、ありうること、可能性、実現性、ありそうなこと、可能なこと、見込み、発展の可能性、将来性 という日本語に訳されていますが実際の英語を話す人の思考ははっきりとは分かりません いつもそうなんですが日本語に訳せない言葉っていっぱいあって テレパシーとかでなくては、本当の真意は伝えられないのが真実だと思います、


このたとえ話としてはアイミスユー 日本語に訳せません あえて訳すのなら あなたがいなくて恋しいとか 寂しいとかなんですが 分解してみれば 「 私 取りそこなう あなた 」 というようなおかしな直訳になってしまうのです タイ語では キトュン といいます 日本語にはなぜか武将の歴史がありこのような弱音を吐く言葉が存在してはいないという事も言語学的に見られる一面なのかもしれないです、


さて、この ポッシビリティ 可能性ですが人は結論から言えば神様からはその目的地へ向かえるような道 目の前にいつもいつも敷いて下さっているのであろうと感謝しながら思うわけです、この人にこのような場面を見せてどれだけ奮起をしてどのような結果になるのであろうか? 少し神視線ですが そういう風に思えます 時にはきつい嵐を送ってみたり 時には幸せな仲間達との歓声の時を上げたりしながら神は? です


この世の存在意義なんてなくて、もしかしたら神様への驚きを見せるための劇場なのかも知れません、ならばどのような事でも予想も出来ないような結果を突き出して ” どうだ ”  と言ってみたいものです 過去の歩いてきた記憶も道も何一つ渡されずに今を精一杯生きている僕らですし、しかも 一生という限られた時間の中で、です


可能性に生きては行きませんか?
ポッシビリティ、!




地球よ! 人類よ!

   いつまでも青く輝け、!













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Posted by  岩満 志朗

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