みんながしあわせになれますように。  

素晴らしい倫理とは愛から

 岩満 志朗

どんな立場であれいつも心の真ん中において生きていかねばならぬ真意 「 愛 」 どんな行動でも、そこに愛はあるのか? そのことを常に念頭に置きながらすばらしい倫理という心の世界が広がっていき、みんなが心から笑顔ですごせるような規律や規範が布>しかれていく事を望みたいものです、、、

・・・

みなさま こんばんは、!

今日はこの様なタイトルに挑戦してみたいと思いますねっ
どうぞ宜しくお願いいたします。

まず初めに倫理の意味について確認してみましょう、倫理とは、人間生活の秩序つまり人倫の中で踏み行うべき規範の筋道と辞書に著>あらわされています、では人間生活の秩序とはどのような意味なのでしょうか? 言い換えれば人間生活の正しい道筋となりますが、正しい道筋を100%意見できる人とは存在するのでしょうか? 

そもそも行動や素行が正しいとか誤りとかって区別の出来る事象なのかということです、たとえばその人はいつも笑顔で周りの人に優しくしていて、本当は気づいているのに嫌われたくないから、相手の悪いところに触れる事もなくその人と接していた、! としましょう その優しい人の行為や判断は正しいものだったのでしょうか? 

みなさん どう思われますか?

わたしはその人とは、自分勝手な楽天家なのか? とても愛のない卑劣人間なのか? または、知能が低くて笑うことしか出来ない人間であったのかもしれないというような様々な判定も 高次元においては判断されるのではないのか? と考察します いつもニコニコ荒波立てず 「 その人は自由なのだし 勝手にしておけばいいんじゃない? 」 たとえその行為が自分の考えと違っていたとしても 自分の考えも正しいのか間違えなのかも核心も、もてないのだから仲良く生きてゆきましょう?

つまりは、どのような状況であれ人間として人と係わり合いを持つ時において、方程式のような正しい道筋などは存在し得ないということです、ケイスバイケイスですよ 観察される人と観察する人の立場もありますし、指導すべき人と指導される人との立場もそうです、でもこの立場ですら曖昧なようで仕方がないのです。

元々 人は何かの根本を勝手に決めて他の人を違う方向へ変えていく指導など そこに愛がなくては成り立たないことだとわたしは思います、愛を持っていつもいつもきつく 「 あなたではダメだと 」 と相手のテンションを下げて相手のやる気を損う>そこなう進言ばかりをしていたとするのも その結果は見事崩壊でしょう。

つまりは、

その人は愛でなく 悪の波動を振りまいているに過ぎないということなのです いわば畏>おそれ多くて何も言い返されない方たち、作家 芸術家 自営業の社長や大きな組織の代表ら 所謂>いわゆる人をたくさん集めてその上に君臨している人達に上記のような悲劇が起きやすいということです、これは誹謗中傷ではなく精神的社会性から見た傾向です。

以上、いつも誰にも優しく笑顔での人の例と、すべて否定をしてしまう人の例で倫理という世界を包括的に分析してみましたが、人の心ってそんなものではなく、もっともっと奥が深くて文字になどできるはずもない世界です、ましてや信仰や感謝の度合い それからさまざまな置かれた人間界において 本当の倫理など " 人が宙に浮いて物申すの世界 " であると思います。



 「 素晴らしい倫理とは愛から 」


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